ベトナム レポート 4.02
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首都ハノイ
2011.01/23 (Sun)
とうとう1ヶ月におよぶハノイでの研修を終え、ホーチミンへと戻ってきました。正直、めちゃくちゃうれしかったりします。
毎日残業+土日勤務という大変多忙な時期に研修を行い、非常に忙しかったということより、
あの寒さから逃れられたことが一番うれしいです。
ベトナム(東南アジアの国)= 毎日暑い、というのは大きな勘違いだったようです…。
もうホーチミンへと戻って来ましたが、今回は少しハノイを紹介します。
ハノイは知る人ぞ知る「ベトナム社会主義共和国」の首都。
首都と言ってもベトナム最大の都市は南のホーチミンで、ホーチミンと比べると
デパートやショッピングセンターの数も少なく、少し華やかさに欠けていたように感じました。
高層ビルも現在建設ラッシュのホーチミンと比べるとそれほど多くは見かけなかったです。
そして市内中心部まで行けば、それなりにバイクは走っていましたが、
少し都市部を離れただけでバイクの量もがくんと減り、もの静かで素朴な感じを受けました…。
日中クラクションが鳴り響き、街中絶え間なく走り回っているホーチミン市を思うと、
少しさびしくも何か落ち着いた印象を受けるかと思います。

よくホーチミンは「ビジネスの街」、ハノイは「政治の街」などと比較されますが、
外国資本によるデパートやオフィスビルが立ち並び、開かれた感じのあるホーチミンに対し、
ハノイは政府の中心機関が集中して置かれ、社会主義国の首都としての統制が取られています。
ホーチミンにいると感じませんが、ハノイこそが社会主義の街です。

素朴でもの静かな様子から、ハノイは「日本人にとって住みやすい街」と
好きな人は好きなのですが、ネオンの光まぶしく、イルミネーション鮮やかなホーチミンと比べ、
娯楽の場所も少なく、物足りなく感じるかもしれません。
それにハノイ市内の街灯は非常に暗く、街全体が暗くて陰湿に感じました。
夜9時を過ぎれば飲食店も閉まってしまうという寂しい街でもあります。

ハノイ大聖堂
それでも人口的にはホーチミン710万人、ハノイ650万人と、それほど大差もなく、
実はハノイも多くの人口を抱える大都市なんです。
ただ、実際に住んでみると、圧倒的にハノイはいなかで、人も少ないように感じました。
しかしハノイ市内にはベトナムの歴史や文化を伝える建物が多く、昨年の2010年には、
遷都1000年を迎えた歴史ある街のようです。9月には記念式典が開かれ、
過去最大規模の軍事パレードを行い、国内外から多くの観光客がハノイに集まりました。

そして街中にはベトナム社会主義共和国建国の父、ホー・チ・ミンさん
の遺体が眠る「ホーチミン廟」が存在します。つまりはお墓です。

第二次世界大戦後、ベトナムの独立を目指し立ち上がり、現在のベトナムの基礎となる
社会主義体制の国を北ベトナムにつくり上げた建国の父、ホー・チ・ミンさん。
1969年、ベトナム戦争の真っ只、ベトナムの勝利を見ずして、79歳でその生涯に幕を閉じました。
ベトナム社会主義国の象徴でもある彼の遺体は、この建物内に亡くなったときの姿そのままに
静かに眠っています。
なんでも政府が本人の意思とは関係なく、ソ連のレーニンにならってそうしたそうです。
遺体はガラスケースの中に安置されており、一般公開もされています。
建物内に入る前には必ず持ち物チェックが厳重に行われ、当然カメラは厳禁、
入場口で係員に預けることになります。サングラスや短パンの人も入れないそうです。
中では立ち止まることは許されず、ぐるっとガラスケースを回るようにして歩きます。
歩きながら実際にホー・チ・ミンさんの遺体を見れるのは30秒ぐらいでしょうか。
当然建物内では私語は厳禁。

ハノイの字の上には、「永遠に社会主義はこの地に生きる」、と書かれているらしいです。
休日には多くの観光客がここを訪れますが、公開時間は朝8時から11時半までと午前中のみのため、
いつも多くの列ができるようです。それほどたくさんの人に慕われているということでしょうか。
僕も見て来ましたが、あまり死んだ人の顔を拝むのは気持ちのいいものではないですね。
ただ、40年以上前に亡くなった遺体がそのときの姿そのままにきれいに眠っていました。

ホーチミン廟のすぐ隣には彼の功績をたたえる博物館が建てられ、またその周りには、
実際に首相時代に使用していた事務所や家が残っており、彼の生活や歴史の一部を
垣間見ることができます。

ホーチミン博物館の中
アメリカ支持する南ベトナム軍が破れ、ベトナムの南北統一が果たされたベトナム戦争終結時、
当時、南の中心都市の名は「サイゴン」でしたが、彼の名前を取って「ホーチミン」市にしたのは有名な話。
今でもベトナムのお札の全てには彼の顔が印刷され、学校には彼の肖像画が飾ってあります。

お墓のすぐ隣に首相時代に生活していた彼の敷地があります。

首相時代の実際の事務所
そして街を歩けば、街を見下ろすレーニン像。

ベトナム戦争が終結し、南北統一が果たされた後も、旧ソ連を手本とし、
社会主義体制を貫いてきました。しかし80年代の「ドイモイ政策」以降、
市場を開放し、大量に外資を入れたことでベトナム経済は著しく発展しましたが、
現在大きな貧富の差が生まれているのも事実です…。

古びれた家屋を見下ろす高層ビル
これから先どうなっていくのでしょう。



